「インプラントブーム」について - vol.59 -
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近年歯科医療の最新治療は『インプラント』ともてはやされていますが、皆さんはどのようにお考えでしょうか?
歯を失った場所に人工物(ブリッジ・義歯・インプラント)を入れたり、自家歯牙移植によって失われた機能を回復する手段があり、その中でどれを選択するかが重要になるわけですが、手段によりそれぞれ利点欠点があります。治療法と目的が各々異なりますので単純な比較で判断できるものではありませんが、インプラントこそが最先端の治療だと勘違いされている方が多く見受けられます。
インプラントを勧めるセールストーク
①「インプラントは入れ歯と違って取り外さなくてもいいですから、快適ですよ」
②「入れ歯に比べるととてもよく噛めて、自分の歯が生えてきたような感覚ですよ」
③「もうこの歯はダメですから、早めに抜いて最新のインプラントを入れた方がよく噛めますよ」
④「隣の歯を削ってブリッジにすると、歯を削る負担とブリッジをする歯に荷重負担がかかるので、負担の少
ないインプラントのほうがお勧めです」
上記にインプラントを勧める代表的なセールストークを紹介しましたが、これらについて間違った解釈で勘違いされている方も多いため、少し私の考えをお話ししたいと思います。
①「インプラントは入れ歯と違って取り外さなくてもいいですから、快適ですよ」について
インプラントは骨に人工歯根をネジ式で埋め込み固定し、その上に歯を装着するため入れ歯と違い取り外す煩わしさがありません。構造上からも歯肉の上に乗って安定している入れ歯とは違い、固定されていますから快適度はよいでしょう。どうしても入れ歯に抵抗がある方には選択肢のひとつになりますが、インプラントには外科手術が必要になります。
そしてインプラント治療後のメインテナンスについてよく理解したうえでの計画をお勧めします。
なぜならインプラントは構造上とても汚れが溜まりやすく、お掃除がしにくいため、良い口腔内環境を維持していくにはしっかりとした予防法を身に付け、歯科医院での定期的なメインテナンスを行なう必要性があります。
インプラントも天然の歯と同様に歯周病になることがあります。インプラント周囲炎と言いますが、天然の歯と異なり痛みを感じる感覚器がないため、自分では不具合があっても余程進行しないと見過ごす可能性があります。インプラント周囲から常に膿がでるようなら危険信号で、進行した場合は自然に脱落する場合もあります。膿が出ている状態が長く続いたり、自然に脱落したような部位の骨の周囲はかなりの広範囲で骨が溶けてしまっている場合があります。そうなるとインプラントの再治療は難しく、その後は入れ歯治療に移行しなければなりませんが、とても難しい治療になってしまいます。
インプラント治療を望む場合、うわべのおいしい話だけで飛びつかず、しっかりと自分の健康状態や口腔内環境、骨の状態を踏まえ、手法の利点欠点、そしてインプラント治療後のメインテナンス等のお話を詳細に伺って、しっかり納得してから行なうようにするとよいでしょう。
②「入れ歯に比べるととてもよく噛めて、自分の歯が生えてきたような感覚ですよ」について
入れ歯がインプラントに比べ噛み心地が劣ることはありません。
適切な入れ歯を提供できない医療者にとっては「インプラントは入れ歯に比べよく噛めるという評価になりますが、理にかなった「入れ歯」はしっかりと噛めるため、噛み心地が劣るとは思えません。私の経験上、インプラントを入れたことで歯槽骨が溶け、インプラントを除去した患者さんに入れ歯を装着したことが何度かありますが、皆以前より良く噛めると喜んで頂いています。
ですから「インプラントは入れ歯に比べてよく噛める」は、「入れ歯」そのものの評価ではありません。
また入れ歯にはわずらわしさが気になる方もいるでしょう。しかし適切で噛める入れ歯で口腔内と調和のとれた入れ歯は、わずらわしさもそれほど気にならなくなるものです。
医療者側の得意・不得意もありますが、インプラントを強く勧める場合は医療者側の増収が大きな目的と悪口を言われても仕方がないでしょう。
③「もうこの歯はダメですから、早めに抜いて最新のインプラントを入れた方がよく噛めますよ」について
当医院には「このようなことを言われたので、一度診察して下さい」と来院される方が年々増えています。
適切な診断のもとでインプラント治療を選択肢に提案することはとてもよいことですが、その反面あまりに安易にしかも天然歯の保存をおろそかに考えている医療者も数多く存在するのが現実です。
「歯の根の先に感染を起こしている歯や歯槽骨が吸収してきている歯は、もう治療手段がありませんので、このまま様子を見ているか、早めに抜いてインプラントをしたほうがいいですよ」と言われれば、患者さんは仕方がないからそうするしかないと思ってしまうでしょう。
しかし、状況によっては保存可能な歯が多くありますし、私自身も抜歯宣告された歯を感染根管治療・歯周外科・再植・部分矯正などの治療法で今まで数多く残し、全く支障なく機能していることで多くの方に喜んで頂いています。
「この歯はもうダメです」の判断は本来とても難しいものです。明らかに不具合を生じている歯に関しては、多くの医療者の判断は同じと言えるでしょうが、神経を除去してある歯、感染を起こしている歯、骨が吸収してきている歯などに関しては、個々の医療者で判断が異なるでしょう。
抜いてインプラントにしてしまう前に、最適な治療法をさまざまな角度から分析してからでも遅くはないでしょうし、しっかり治療すればまだまだ現役で活躍してくれる歯も多くありますから…
④「隣の歯を削ってブリッジにすると、歯を削る負担とブリッジをする歯に荷重負担がかかるので、負担の少ないインプラントのほうがお勧めです」について
「歯を削ってブリッジにしようとすると、歯を傷つけるためインプラントの方が生体に優しく、安全で長持ちしますよ」はインプラントを勧める歯科医の決め台詞です。こんなことを聞くとつい納得してしまい、実際にインプラント治療を選択された方も少なくないでしょう。
ではどうでしょうか?
歯を削ってブリッジにする治療と、歯肉や歯槽骨に穴を開けてインプラント(人工歯根)を植える治療とではどちらが生体にとって優しいでしょうか?
これに関してはブリッジ推奨派とインプラント推奨派で意見が分かれるところでしょうからここでは私個人の意見を記載します。
天然の歯には歯根と歯槽骨を繋いでいる歯根膜(繊維性結合組織)があり、この歯根膜のおかげで歯が簡単に抜けることがありません。そしてこの歯根膜にはとても優れた役割があります。まずは噛んだ力(咬合力)をこの歯根膜がクッションの役目をすることにより、直接骨にかかる力(負担)をやわらげています。健康な歯でも前後左右に揺らすと多少揺れるのはこの組織があるからです。そして歯根膜には感覚受容器も備わっていることから、炎症が発症すれば痛みを感じたり、細菌から防御的な役目もしています。
ではインプラントはどうでしょう。
この天然歯に備わっている歯根膜が存在しません。よって噛んだ力のコントロールができないため骨にかかる負担が大きくなることでしょう。そして感覚受容器が備わっていないため、細菌感染してもわかりにくい環境になってしまいます。これがインプラントの最大の弱点です。
ではブリッジの最大の弱点はなんでしょう。それは歯を削ることです。
削ることで歯を傷つけ、削った部分と被せ物の部分に隙間が生じやすくなるため、隙間からむし歯が発症しやすい環境になります。
しかしこれは医療者側の適切で超精密治療と患者さんのしっかりとした口腔ケアでかなりの高確率で現在ではクリアできる課題であるため、私は一昔前と比べ生体に与えるリスクが高いとは思えません。
また噛み合わせの関係も重要です。ブリッジで治療した場合、噛む相手側の歯(対合歯)が自分の歯であればお互いに歯根膜が備わっていますから、噛む力の負担をお互いに分散できます。しかし、歯根膜が存在しないインプラントと自分の歯の噛み合わせでは、インプラント自体は全く動きませんから、噛み合う相手の歯に全ての負担が加わります。硬いセラミック系の歯をインプラント体に装着した場合は特に負担が大きくなり、顎関節にまで負担が掛る場合もあります。少しでも噛み合わせの負担をやわらげクッションの役目を補おうとインプラント体にコンポジット系の少し軟らかめの素材を選択する場合もあるようですが、この場合軟らかい素材だけに早々に咬耗し、噛み合わせに狂いが生じます。
被せる材料だけで噛む力と相手側(対合歯)への負担をやわらげるようにコントロールするのはおそらく難しいでしょう。
ブリッジもインプラントも各々に利点欠点があり、生体には何かしらの犠牲をはらって処置をしなければ治療が成り立ちません。よって治療法の選択で大事なことは、それぞれの治療法の特徴をよく理解してから始めるのが肝心です。
ここでは、インプラントに対する私の意見を踏まえて記載しましたが、決してインプラント治療を否定しているわけではありません。現に私も口腔内の状況によっては患者さんにインプラントをお勧めする場合もあります。
現在はインプラント治療に長けている多くの素晴らしい臨床家もいらっしゃいますし、とてもよい経過を歩んでいる症例も多くあります。そしてインプラント治療によって救われた患者さんも多くいらっしゃるでしょう。
もちろん「入れ歯」「ブリッジ」「再治療で天然歯を保存」「自家歯牙移植」においても同じことが言えます。
ここで私が言いたかったことは、治療法の良し悪しではなく、安易な治療計画による過剰なインプラント治療をできるだけ減らす提案なのです。そして最新治療という言葉に流されないで下さい。医療で大切なことは「最新」よりも「最良」「最適」な治療計画と治療内容です。
医療者であれば天然歯に勝るものが存在しないことは誰もが知っているはずであり、少しでも自分の歯を残してほしいと願っているでしょう。
インプラントよりも価値のある天然歯の予防・保存・治療についてどれだけ普段から真剣に取り組んでいるのか… まずはその姿勢があって、最終手段としてのインプラント治療の提案であれば、ベターな方針でしょう。
しかしその反面、面倒で儲けの少ない治療をするよりも簡単で高額な収入が得られるからと浅はかな考えからインプラント治療を選択するような人は医療人と言えるでしょうか?
少し辛口な意見ですが、そのような方向性の医療人も正直多く存在するのも事実です。
自分の歯や家族が歯を失った場合、安易な計画で治療をするでしょうか?
良識人であればおそらく真剣に考えることでしょう。
私も開業してから多くの歯科医療関係者(歯科医師・歯科技工士・歯科衛生士・歯科助手・歯科関係メーカー等)の治療も手掛けてきました。全ての方に言えることですが、歯科医療業界に携わっているだけあって皆さん自分の歯をできる限り保存したいという希望です。そして欠損補綴にインプラント治療を希望される方はいらっしゃいませんでした。むしろ実際にインプラント治療を行なったり・見てきた方は「なるべくなら避けたい」「絶対に嫌だ」というのが本音でした。
これが現場に携わった方の正直な意見と言えるでしょう。医療者は現場を知っているからこそ自分に置き換えた場合、より安全で安心な治療を望むでしょう。
自分の歯は宝ですから!
インプラント治療を望む患者さんへの提案
もしインプラントをお考えでしたら、できるだけ天然歯の予防・保存治療を真剣に考え、治療後のこともしっかり考えてくれる専門の歯科医院を選択されることをお勧めします。
そして担当医があなたと同じ口腔内環境になった場合、担当医自身は自分にインプラント治療を行なうか?参考のため意見を求めると良いでしょう。医療者の中には、患者さんにはインプラント治療を勧めますが、もし自分や家族が同じ境遇になった場合は、インプラントは避けたいとおっしゃる方が多いですから…
そのため簡単にインプラントを勧めたり、インプラント治療の価格セール、早さだけを売りにしている歯科医院での治療は避けたほうが無難でしょう。
そんなに美味しい話は転がっていませんから…
インプラント治療をする前に…
インプラント治療を勧められた場合、本当にそれが最善な方法なのか?その場で即決せずに一度しっかり検討した方がよいのではないでしょうか。
なぜなら、抜歯後インプラント治療を勧められどうも納得できないため、患者さんからセカンドオピニオンとして相談を受け、その後簡単な基礎治療だけで助けられた歯を始め、感染根管治療・歯周外科・再植・部分矯正で多くの歯を救ってきました。もちろん中には保存不可能な歯も存在しましたが、なんでこの歯が抜歯してインプラントなの?と呆れかえるほど杜撰で無責任なインプラント治療を推奨したケースも多く目にしてきました。
本当の意味で患者さんを救うためのインプラント治療であれば大いに賛成なのですが、保存治療がめんどくさい・苦手、医院の経営のためのインプラント治療であれば、それはあまりにも間違った選択です。残念なことに歯周病治療・根管治療と真剣に向き合わず、安易で利益優先のインプラント選択をする心ない同業者が一部にいるようです。そのような安易な提案に引っかからないように患者さんもある程度の勉強をした上で、決断された方が良いかと思われます。
自家歯牙移植について
(ここでは自家歯牙移植について簡略化して説明致しますが、新たな機会に詳細を掲載したいと思います。)
親知らずや機能していない歯を抜歯し、欠損部に移植する方法です。
移植には以下のような条件が必要ですが、最大の特長は歯と歯根膜を移植できるため、移植後新たな骨が形成されしっかりと顎の骨に定着します。そのため、自分の他の歯と同じく自然な感覚が得られ、噛み心地も快適なため、限りなく自分の歯と同じような機能を期待できます。デメリットとしては外科的な治療を必要とし、移植歯の神経は除去治療が必要になることです。
・移植歯が存在し、健康な歯であること
・移植歯の歯根形態が単純であること
・欠損部の周囲組織が健康であること
・口腔内の衛生環境が整っていること
・全身病を含め、糖尿病や骨粗鬆症、歯周病に罹患していないこと
・過度な飲酒や喫煙していないこと
・治療期間が長期化することに理解し、注意事項等に協力的であること
人工的なものに極力頼らないで行える治療が自家歯牙移植になりますが、この治療法もインプラント・義歯・ブリッジ同様に利点欠点があり、条件も必要になります。
歯を失った場所に人工物(ブリッジ・義歯・インプラント)を入れたり、自家歯牙移植によって失われた機能を回復する手段があり、その中でどれを選択するかが重要になるわけですが、手段によりそれぞれ利点欠点があります。治療法と目的が各々異なりますので単純な比較で判断できるものではありませんが、インプラントこそが最先端の治療だと勘違いされている方が多く見受けられます。
インプラントを勧めるセールストーク
①「インプラントは入れ歯と違って取り外さなくてもいいですから、快適ですよ」
②「入れ歯に比べるととてもよく噛めて、自分の歯が生えてきたような感覚ですよ」
③「もうこの歯はダメですから、早めに抜いて最新のインプラントを入れた方がよく噛めますよ」
④「隣の歯を削ってブリッジにすると、歯を削る負担とブリッジをする歯に荷重負担がかかるので、負担の少
ないインプラントのほうがお勧めです」
上記にインプラントを勧める代表的なセールストークを紹介しましたが、これらについて間違った解釈で勘違いされている方も多いため、少し私の考えをお話ししたいと思います。
①「インプラントは入れ歯と違って取り外さなくてもいいですから、快適ですよ」について
インプラントは骨に人工歯根をネジ式で埋め込み固定し、その上に歯を装着するため入れ歯と違い取り外す煩わしさがありません。構造上からも歯肉の上に乗って安定している入れ歯とは違い、固定されていますから快適度はよいでしょう。どうしても入れ歯に抵抗がある方には選択肢のひとつになりますが、インプラントには外科手術が必要になります。
そしてインプラント治療後のメインテナンスについてよく理解したうえでの計画をお勧めします。
なぜならインプラントは構造上とても汚れが溜まりやすく、お掃除がしにくいため、良い口腔内環境を維持していくにはしっかりとした予防法を身に付け、歯科医院での定期的なメインテナンスを行なう必要性があります。
インプラントも天然の歯と同様に歯周病になることがあります。インプラント周囲炎と言いますが、天然の歯と異なり痛みを感じる感覚器がないため、自分では不具合があっても余程進行しないと見過ごす可能性があります。インプラント周囲から常に膿がでるようなら危険信号で、進行した場合は自然に脱落する場合もあります。膿が出ている状態が長く続いたり、自然に脱落したような部位の骨の周囲はかなりの広範囲で骨が溶けてしまっている場合があります。そうなるとインプラントの再治療は難しく、その後は入れ歯治療に移行しなければなりませんが、とても難しい治療になってしまいます。
インプラント治療を望む場合、うわべのおいしい話だけで飛びつかず、しっかりと自分の健康状態や口腔内環境、骨の状態を踏まえ、手法の利点欠点、そしてインプラント治療後のメインテナンス等のお話を詳細に伺って、しっかり納得してから行なうようにするとよいでしょう。
②「入れ歯に比べるととてもよく噛めて、自分の歯が生えてきたような感覚ですよ」について
入れ歯がインプラントに比べ噛み心地が劣ることはありません。
適切な入れ歯を提供できない医療者にとっては「インプラントは入れ歯に比べよく噛めるという評価になりますが、理にかなった「入れ歯」はしっかりと噛めるため、噛み心地が劣るとは思えません。私の経験上、インプラントを入れたことで歯槽骨が溶け、インプラントを除去した患者さんに入れ歯を装着したことが何度かありますが、皆以前より良く噛めると喜んで頂いています。
ですから「インプラントは入れ歯に比べてよく噛める」は、「入れ歯」そのものの評価ではありません。
また入れ歯にはわずらわしさが気になる方もいるでしょう。しかし適切で噛める入れ歯で口腔内と調和のとれた入れ歯は、わずらわしさもそれほど気にならなくなるものです。
医療者側の得意・不得意もありますが、インプラントを強く勧める場合は医療者側の増収が大きな目的と悪口を言われても仕方がないでしょう。
③「もうこの歯はダメですから、早めに抜いて最新のインプラントを入れた方がよく噛めますよ」について
当医院には「このようなことを言われたので、一度診察して下さい」と来院される方が年々増えています。
適切な診断のもとでインプラント治療を選択肢に提案することはとてもよいことですが、その反面あまりに安易にしかも天然歯の保存をおろそかに考えている医療者も数多く存在するのが現実です。
「歯の根の先に感染を起こしている歯や歯槽骨が吸収してきている歯は、もう治療手段がありませんので、このまま様子を見ているか、早めに抜いてインプラントをしたほうがいいですよ」と言われれば、患者さんは仕方がないからそうするしかないと思ってしまうでしょう。
しかし、状況によっては保存可能な歯が多くありますし、私自身も抜歯宣告された歯を感染根管治療・歯周外科・再植・部分矯正などの治療法で今まで数多く残し、全く支障なく機能していることで多くの方に喜んで頂いています。
「この歯はもうダメです」の判断は本来とても難しいものです。明らかに不具合を生じている歯に関しては、多くの医療者の判断は同じと言えるでしょうが、神経を除去してある歯、感染を起こしている歯、骨が吸収してきている歯などに関しては、個々の医療者で判断が異なるでしょう。
抜いてインプラントにしてしまう前に、最適な治療法をさまざまな角度から分析してからでも遅くはないでしょうし、しっかり治療すればまだまだ現役で活躍してくれる歯も多くありますから…
④「隣の歯を削ってブリッジにすると、歯を削る負担とブリッジをする歯に荷重負担がかかるので、負担の少ないインプラントのほうがお勧めです」について
「歯を削ってブリッジにしようとすると、歯を傷つけるためインプラントの方が生体に優しく、安全で長持ちしますよ」はインプラントを勧める歯科医の決め台詞です。こんなことを聞くとつい納得してしまい、実際にインプラント治療を選択された方も少なくないでしょう。
ではどうでしょうか?
歯を削ってブリッジにする治療と、歯肉や歯槽骨に穴を開けてインプラント(人工歯根)を植える治療とではどちらが生体にとって優しいでしょうか?
これに関してはブリッジ推奨派とインプラント推奨派で意見が分かれるところでしょうからここでは私個人の意見を記載します。
天然の歯には歯根と歯槽骨を繋いでいる歯根膜(繊維性結合組織)があり、この歯根膜のおかげで歯が簡単に抜けることがありません。そしてこの歯根膜にはとても優れた役割があります。まずは噛んだ力(咬合力)をこの歯根膜がクッションの役目をすることにより、直接骨にかかる力(負担)をやわらげています。健康な歯でも前後左右に揺らすと多少揺れるのはこの組織があるからです。そして歯根膜には感覚受容器も備わっていることから、炎症が発症すれば痛みを感じたり、細菌から防御的な役目もしています。
ではインプラントはどうでしょう。
この天然歯に備わっている歯根膜が存在しません。よって噛んだ力のコントロールができないため骨にかかる負担が大きくなることでしょう。そして感覚受容器が備わっていないため、細菌感染してもわかりにくい環境になってしまいます。これがインプラントの最大の弱点です。
ではブリッジの最大の弱点はなんでしょう。それは歯を削ることです。
削ることで歯を傷つけ、削った部分と被せ物の部分に隙間が生じやすくなるため、隙間からむし歯が発症しやすい環境になります。
しかしこれは医療者側の適切で超精密治療と患者さんのしっかりとした口腔ケアでかなりの高確率で現在ではクリアできる課題であるため、私は一昔前と比べ生体に与えるリスクが高いとは思えません。
また噛み合わせの関係も重要です。ブリッジで治療した場合、噛む相手側の歯(対合歯)が自分の歯であればお互いに歯根膜が備わっていますから、噛む力の負担をお互いに分散できます。しかし、歯根膜が存在しないインプラントと自分の歯の噛み合わせでは、インプラント自体は全く動きませんから、噛み合う相手の歯に全ての負担が加わります。硬いセラミック系の歯をインプラント体に装着した場合は特に負担が大きくなり、顎関節にまで負担が掛る場合もあります。少しでも噛み合わせの負担をやわらげクッションの役目を補おうとインプラント体にコンポジット系の少し軟らかめの素材を選択する場合もあるようですが、この場合軟らかい素材だけに早々に咬耗し、噛み合わせに狂いが生じます。
被せる材料だけで噛む力と相手側(対合歯)への負担をやわらげるようにコントロールするのはおそらく難しいでしょう。
ブリッジもインプラントも各々に利点欠点があり、生体には何かしらの犠牲をはらって処置をしなければ治療が成り立ちません。よって治療法の選択で大事なことは、それぞれの治療法の特徴をよく理解してから始めるのが肝心です。
ここでは、インプラントに対する私の意見を踏まえて記載しましたが、決してインプラント治療を否定しているわけではありません。現に私も口腔内の状況によっては患者さんにインプラントをお勧めする場合もあります。
現在はインプラント治療に長けている多くの素晴らしい臨床家もいらっしゃいますし、とてもよい経過を歩んでいる症例も多くあります。そしてインプラント治療によって救われた患者さんも多くいらっしゃるでしょう。
もちろん「入れ歯」「ブリッジ」「再治療で天然歯を保存」「自家歯牙移植」においても同じことが言えます。
ここで私が言いたかったことは、治療法の良し悪しではなく、安易な治療計画による過剰なインプラント治療をできるだけ減らす提案なのです。そして最新治療という言葉に流されないで下さい。医療で大切なことは「最新」よりも「最良」「最適」な治療計画と治療内容です。
医療者であれば天然歯に勝るものが存在しないことは誰もが知っているはずであり、少しでも自分の歯を残してほしいと願っているでしょう。
インプラントよりも価値のある天然歯の予防・保存・治療についてどれだけ普段から真剣に取り組んでいるのか… まずはその姿勢があって、最終手段としてのインプラント治療の提案であれば、ベターな方針でしょう。
しかしその反面、面倒で儲けの少ない治療をするよりも簡単で高額な収入が得られるからと浅はかな考えからインプラント治療を選択するような人は医療人と言えるでしょうか?
少し辛口な意見ですが、そのような方向性の医療人も正直多く存在するのも事実です。
自分の歯や家族が歯を失った場合、安易な計画で治療をするでしょうか?
良識人であればおそらく真剣に考えることでしょう。
私も開業してから多くの歯科医療関係者(歯科医師・歯科技工士・歯科衛生士・歯科助手・歯科関係メーカー等)の治療も手掛けてきました。全ての方に言えることですが、歯科医療業界に携わっているだけあって皆さん自分の歯をできる限り保存したいという希望です。そして欠損補綴にインプラント治療を希望される方はいらっしゃいませんでした。むしろ実際にインプラント治療を行なったり・見てきた方は「なるべくなら避けたい」「絶対に嫌だ」というのが本音でした。
これが現場に携わった方の正直な意見と言えるでしょう。医療者は現場を知っているからこそ自分に置き換えた場合、より安全で安心な治療を望むでしょう。
自分の歯は宝ですから!
インプラント治療を望む患者さんへの提案
もしインプラントをお考えでしたら、できるだけ天然歯の予防・保存治療を真剣に考え、治療後のこともしっかり考えてくれる専門の歯科医院を選択されることをお勧めします。
そして担当医があなたと同じ口腔内環境になった場合、担当医自身は自分にインプラント治療を行なうか?参考のため意見を求めると良いでしょう。医療者の中には、患者さんにはインプラント治療を勧めますが、もし自分や家族が同じ境遇になった場合は、インプラントは避けたいとおっしゃる方が多いですから…
そのため簡単にインプラントを勧めたり、インプラント治療の価格セール、早さだけを売りにしている歯科医院での治療は避けたほうが無難でしょう。
そんなに美味しい話は転がっていませんから…
インプラント治療をする前に…
インプラント治療を勧められた場合、本当にそれが最善な方法なのか?その場で即決せずに一度しっかり検討した方がよいのではないでしょうか。
なぜなら、抜歯後インプラント治療を勧められどうも納得できないため、患者さんからセカンドオピニオンとして相談を受け、その後簡単な基礎治療だけで助けられた歯を始め、感染根管治療・歯周外科・再植・部分矯正で多くの歯を救ってきました。もちろん中には保存不可能な歯も存在しましたが、なんでこの歯が抜歯してインプラントなの?と呆れかえるほど杜撰で無責任なインプラント治療を推奨したケースも多く目にしてきました。
本当の意味で患者さんを救うためのインプラント治療であれば大いに賛成なのですが、保存治療がめんどくさい・苦手、医院の経営のためのインプラント治療であれば、それはあまりにも間違った選択です。残念なことに歯周病治療・根管治療と真剣に向き合わず、安易で利益優先のインプラント選択をする心ない同業者が一部にいるようです。そのような安易な提案に引っかからないように患者さんもある程度の勉強をした上で、決断された方が良いかと思われます。
自家歯牙移植について
(ここでは自家歯牙移植について簡略化して説明致しますが、新たな機会に詳細を掲載したいと思います。)
親知らずや機能していない歯を抜歯し、欠損部に移植する方法です。
移植には以下のような条件が必要ですが、最大の特長は歯と歯根膜を移植できるため、移植後新たな骨が形成されしっかりと顎の骨に定着します。そのため、自分の他の歯と同じく自然な感覚が得られ、噛み心地も快適なため、限りなく自分の歯と同じような機能を期待できます。デメリットとしては外科的な治療を必要とし、移植歯の神経は除去治療が必要になることです。
・移植歯が存在し、健康な歯であること
・移植歯の歯根形態が単純であること
・欠損部の周囲組織が健康であること
・口腔内の衛生環境が整っていること
・全身病を含め、糖尿病や骨粗鬆症、歯周病に罹患していないこと
・過度な飲酒や喫煙していないこと
・治療期間が長期化することに理解し、注意事項等に協力的であること
人工的なものに極力頼らないで行える治療が自家歯牙移植になりますが、この治療法もインプラント・義歯・ブリッジ同様に利点欠点があり、条件も必要になります。
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